2015年10月21日 星期三

長沢芦雪 Nagasawa Rosetsu 1754–1799

Nagasawa Rosetsu (長沢芦雪?, 1754–1799) was an 18th-century (Edo period) Japanese painter of the Maruyama School, known for his versatile style. He was born to the family of a low-ranking samurai. He studied with Maruyama Ōkyo in Kyoto.[2][3]


長沢芦雪

長澤蘆雪から転送)
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  • 長沢芦雪
  • 長澤蘆雪
錦江山無量寺障壁画 (和歌山県串本町串本応挙芦雪館)のうち、『虎図』
長沢 芦雪(ながさわ ろせつ、宝暦4年(1754年) - 寛政11年6月8日1799年7月10日))は、江戸時代の絵師。円山応挙の高弟。長沢芦雪長澤蘆雪とも表記される。は、政勝、魚。は氷計、引裾。通称、主計。芦雪の他、別号に千洲漁者、千緝なども用いた。円山応挙の弟子で、師とは対照的に、大胆な構図、斬新なクローズアップを用い、奇抜で機知に富んだ画風を展開した「奇想の絵師」の一人。

略歴[編集]

丹波国篠山に生まれる。後記の南紀滞在の際に芦雪自身が、自分の父がはじめ篠山城主青山下野守に、その後淀藩に出仕した上杉彦右衛門であると述べたという資料が残っている。同時代の高名な絵師と比べるとその履歴を示す資料は少なく、いつ応挙の弟子になったかさえはっきりとはわからないが、現存中で最も早い時期の作「東山名所図屏風」(紙本銀雲淡彩六曲一隻、個人蔵)安永7年(1778年)芦雪25歳の時には既に応挙に弟子入りしていたことがわかる。
その性格は奔放で、ある意味快活である一方、傲慢な面があったと伝えられる。そのせいか、「後年応挙に破門された」というような悪評とも言うべき根拠不明な巷説や異常な行動を伝える逸話は多い。その最たるものがその死である。毒殺とも自殺とも言われ、少なくとも普通の死ではなかったとされてきたが、事実は不明である。
その絵は伝えられる性格そのままに、自由奔放、奇抜なもので同時代の曽我蕭白伊藤若冲とともに「奇想の画家」(辻惟雄評)、「奇想派」などと言われる。黒白、大小の極端な対比や、写実を無視した構図など師である応挙の作風から逸脱しており、この傾向は南紀滞在の折の障壁画にはっきり表れている。作風は基本的に明るく軽快であるが、晩年になって『山姥』のような時折グロテスクで陰惨な印象の作品を残した。
1786年から1987年天明6年から7年)、南紀に滞在した折に多くの障壁画を残している。現在、串本の無量寺、古座の成就寺、富田の草堂寺に計180面の障壁画が残る。無量寺境内には応挙芦雪館が開設されている。
芦雪の後は、養子と言われる長沢芦洲、さらに蘆州の子長沢芦鳳が継ぎ、芦鳳は芦雪の肖像画を描いている(千葉市美術館蔵)。

姓および号の表記について[編集]

姓については「長沢」「長澤」、号については「芦雪」「蘆雪」の両様の表記が行われている。表記については、「さわ」は常用漢字体の「沢」を用い、「ろ」は印刷標準字体で、かつ、画家本人が作品の署名に用いている「蘆」を用いて、「長沢蘆雪」と表記するのが適切だとする意見がある[1]。一方、現代では「芦雪」表記が優勢であり、「『長沢蘆雪』と表記すると、「沢+蘆」の組み合わせが「新字+旧字」に見えて不自然だとの意見もある[2]

代表作[編集]

  • 竜図 (島根県西光寺) 紙本墨画 襖8面 天明年間 松江市指定文化財
  • 無量寺障壁画 (和歌山県串本町串本応挙芦雪館) 天明6年(1786年) 重要文化財
    • 内訳は『薔薇図(薔薇に鶏・猫図)』紙本著色 襖8面、『虎図』『竜図』紙本墨画 襖各6面、『群鶴図(芦に鶴図)』紙本墨画 襖6面壁貼付1面、『唐子遊図(唐子琴棋書画図)』紙本墨画 襖8面。天明6年(1786年)。現在これらの襖絵は収蔵庫に収められており、本堂には精巧な複製がはめられている。
  • 成就寺障壁画 (和歌山県串本町、和歌山県立博物館寄託) 天明6年(1786年) 重要文化財
    • 内訳は『山水図』紙本墨画 襖5面、『群雀図』絹本著色 天袋4面、『曹孟徳図』紙本墨画 襖8面、『唐獅子図』紙本墨画 襖12面、『林和靖図』紙本墨画 襖7面壁貼付1面、『花鳥群狗図』紙本著色 襖8面。本作は蘆雪が現地で描いたのではなく、京都で描いて南紀へ送ったか、蘆雪が持ってきた可能性が指摘されている。
  • 草堂寺障壁画 (和歌山県白浜町) 天明7年(1787年)重要文化財
    • 内訳は本堂の『虎渓三笑図』紙本墨画 襖8面、『群狗図』紙本墨画 障子腰6面(現在は六曲屏風に改装)、『五祖栽松・焚経図』紙本墨画 襖4面(現在は二曲一双屏風に改装)、『虎図』紙本墨画 襖8面、『枯木鳩図』紙本墨画 襖12面、『竹に鶴図』紙本墨画 襖6面、『蛙図』紙本墨画 障子腰2面(現在は二曲屏風に改装)、『牛図』紙本淡彩 襖8面、『月下渡雁図』紙本墨画 障子腰6面(現在は六曲屏風に改装)。南書院の『張良吹笛図』紙本墨画 襖2面、『征師図』紙本墨画 襖4面、『朝顔図』紙本墨画 襖4面。
  • 『群猿図屏風』 (草堂寺) 六曲一双 紙本墨画 天明7年(1787年) 重要文化財
  • 寒山拾得図』(和歌山県田辺市高山寺) 1幅 紙本墨画 天明7年(1787年)2月 重要文化財
  • 『正宗寺旧方丈障壁画』 (愛知県豊橋市正宗寺) 42幅附3幅の計45幅 重要文化財[3]
  • 『宮島八景図』 (文化庁保管) 絹本墨画及び淡彩 1帖8面 寛政6年(1794年) 重要文化財
  • 『猿之間』 (兵庫県香美町大乗寺) 紙本淡彩 襖8面壁貼付3面 寛政7年(1795年)重要文化財
  • 『山姥図』(広島県廿日市市厳島神社) 絹本著色 1面 寛政9年(1797年)頃 重要文化財
  • 『群獣図屏風』 (白浜町金閣寺) 紙本著色 二曲二双 寛政後期
  • 『月夜山水図』 (兵庫県西宮市頴川美術館) 1幅 絹本墨画 重要美術品
  • 海浜奇勝図屏風』 メトロポリタン美術館アメリカニューヨーク) 六曲一双 紙本金地墨画
  • 『白像黒牛図屏風』(エツコ&ジョー・プライス・コレクション) 六曲一双

脚注[編集]

  1. ^ 金子(2014)p.17。
  2. ^ 高畑厚志「『東京国立近代美術館60年史』における漢字の字体」『東京国立近代美術館研究紀要』18、2014(参照: [1]
  3. ^ 豊橋市美術博物館編集・発行 『豊橋の名宝3 正宗寺』 2002年10月5日。

参考資料[編集]

  • 辻惟雄 『奇想の系譜』美術出版社、1970年3月
  • 宮島新一 『日本の美術219 長沢芦雪』 至文堂1984年
  • 狩野博幸監修 『長沢芦雪 千変万化のエンタ-テイナー』 平凡社〈別冊太陽 日本のこころ181〉、2011年3月 ISBN 978-4-582-92181-6
  • 岡田秀之 「長沢芦雪の署名と印章について ─作品年代推定の手掛かりとして─」(『MIHO MUSEUM 研究紀要』第12号、公益財団法人秀明文化財団、2012年3月、pp.41-66。
  • 金子信久 『もっと知りたい長沢蘆雪 生涯と作品』 東京美術〈アート・ビギナーズ・コレクション〉、2014年12月25日、ISBN 978-4-8087-1021-7
展覧会図録
  • 『近世異端の芸術展 : 蕭白と蘆雪を中心に』 新宿・小田急百貨店 1971年6月26日−7月13日
  • 辻惟雄 狩野博幸監修 千葉市美術館 和歌山県立博物館 日本経済新聞社編集 『没後200年記念 長沢蘆雪』 日本経済新聞社。2000年
  • 『長沢芦雪 奇は新なり』 MIHO MUSEUM、2011年、ISBN 4-903642-08-9
関連作品

関連項目[編集]

Landscape in the moonlightNagasawa Rosetsu (1755–1799),[1] mid-Edo period, 18th century, ink on silk, 98 × 35.3cm, Egawa Museum of Art, Hyogo.

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